新しい降圧薬(エンレスト)に関する講演会
2026.2.22に横浜で行われました高血圧に関する講演会に参加致しました。
以下、聴講録をまとめましたのでご興味がある方はご覧ください。
Sessiom1 CVDを減らすための高血圧治療戦略
抗凝固薬のパラダイムシフトを経験した私が、今あなたに伝えたいこと
山下武志 先生
- ・JSH2025ではエビデンスの蓄積により治療は130/80未満に統一された1
・エンレストは200mgと400mgでは降圧作用はあまり変わらない
・家庭収縮期血圧の日間変動が大きいほど心血管イベント発症リスクが有意に上昇2
平均血圧だけでなく「血圧変動」自体が独立した予後因子
家庭血圧は平均値だけでなく変動も評価すべき
・家庭血圧は補助指標ではなく予後規定の主要指標3 - 診察室血圧のみではリスク評価が不十分
- 家庭血圧は心血管イベント予測能が診察室血圧より高い
仮面高血圧・白衣高血圧の検出にも家庭血圧測定が必須
・一般住民・高血圧患者を対象に、家庭血圧と心血管予後との関連を検討した前向きコホート研究4
家庭収縮期血圧が高いほど心血管イベント・死亡リスクが上昇
診察室血圧で補正しても家庭血圧は独立した予測因子
特に朝の家庭血圧(morning BP) が強い予後指標
仮面高血圧群は持続正常血圧群よりイベントリスク高い
家庭血圧は診察室血圧より予後予測に優れ、日常診療で必須の指標である
・家庭血圧と診察室血圧の心血管予後予測能を比較5
家庭血圧は診察室血圧より心血管死亡・イベントの予測能が高い -
仮面高血圧:持続正常血圧より明確にリスクが高い
-
白衣高血圧:持続正常血圧と同等〜軽度上昇程度
-
リスク層別化では家庭血圧を組み込むと予測精度が改善
・肥満または過体重の高血圧患者を対象に、減量介入と24時間血圧(ABPM)変化の関係を検討6
減量により昼間血圧は低下、一方で一部症例では夜間血圧が相対的に上昇(non-dipper化・夜間上昇)
体重減少後の夜間血圧変化は自律神経調節、交感神経活動、塩分感受性などが関与する可能性
・家庭収縮期血圧の低値域と死亡・心血管イベントの関係を解析した前向き研究7
家庭SBP 120–129 mmHg付近が最も低リスク
SBP<110 mmHgでは 全死亡リスクが上昇
特に高齢者、既存心血管疾患あり、で低血圧関連リスクが顕著
家庭血圧でもJカーブ現象が確認
家庭血圧も「低ければ低いほど良い」わけではない、過度な降圧は避けるべき。
Session2 医療課題に沿った高血圧治療戦略とARNIの位置づけを考える
脳卒中医の観点から
田中 亮太 先生
・日本の脳出血患者を対象に年齢別の危険因子(特に高血圧の治療状況)を検討した臨床研究8
若年者の脳出血では「未治療高血圧」の割合が高い
一方で高齢者では高血圧既往が多く治療中でも発症する例が増える
・抗血栓療法を受けている患者における脳内出血発症後の臨床背景と予後を検討した研究9
発症患者の多くが心房細動や冠動脈疾患のため抗血栓療法を受けていた
抗血栓療法中の脳内出血は高齢, 既存脳卒中, 認知症が予後不良因子
抗凝固薬使用例では出血量増加・重症化傾向
一方で抗血栓療法は血栓イベント予防には不可欠でありリスクとベネフィットの個別評価が必要
抗血栓療法患者では脳内出血リスク評価と血圧管理が極めて重要
・高齢者高血圧患者に対する降圧目標を検討した研究10
中国の高齢高血圧患者(60–80歳)を対象
厳格降圧:SBP 110–129 mmHg、標準降圧:SBP 130–149 mmHgを比較した無作為化試験。
厳格群で主要心血管イベント(脳卒中・ACS・心不全など)有意に減少
脳卒中リスクも低下、重篤な有害事象は大きな差なし(ただし低血圧・電解質異常はやや増加)
高齢者でもSBP130未満を目指す厳格降圧は有効
・日本人脳内出血患者を対象に年齢層別の高血圧治療状況と発症背景を解析した観察研究11
若年者の脳内出血は未治療高血圧の割合が極めて高い
若年群では高血圧既知でも未治療, そもそも未診断の症例が多い
一方高齢者では治療中高血圧(既治療だがコントロール不十分)が中心
腎臓内科医の観点から
有馬 秀二 先生
・塩分感受性高血圧の本質は、腎臓がナトリウムを排泄する能力の低下にあり、長期血圧は腎の圧利尿機構によって規定されるとするGuytonの理論に基づけば、塩分を多く排泄するためには一定以上の血圧が必要になる。塩分感受性高血圧ではこの圧利尿曲線が右方へシフトし、同じナトリウム排泄を達成するためにより高い血圧が必要となるため、慢性的な血圧上昇が生じる。圧利尿の鍵は腎皮質よりも髄質循環にあり、髄質血流は皮質と異なり強い自動調節を持たず血圧依存的に変化すること(Mattson 1993、Cowley 1992)、さらに髄質血流が増加すると尿中ナトリウム排泄が増えること(Lu 1992)が示されている。したがって、血圧を上げなくても髄質血流を増やせればナトリウム排泄が促進され、圧利尿曲線を左方へ改善できる可能性がある。ナトリウム利尿ペプチドは髄質血流を増加させ圧利尿を増強する作用を持ち、これを増加させるARNI(サクビトリル/バルサルタン)はRAAS抑制に加えてナトリウム利尿ペプチド系を活性化することで、腎髄質循環を介したナトリウム排泄促進に寄与し得る治療と考えられる。腎機能障害を伴う高血圧ではナトリウム排泄能力の低下により圧利尿曲線がさらに右方へ偏位し塩分感受性が増大するため(Ito 2015)、腎臓からのナトリウム排泄を改善するアプローチは理論的に重要である。またARNIは夜間血圧パターンを改善しnon-dipperをdipperへ是正する可能性も報告されており、これは夜間のナトリウム排泄リズムの正常化と関連している可能性がある。塩分感受性高血圧では単なる血管拡張だけでなく、腎髄質血流と圧利尿機構を改善する視点が重要であり、ARNIはその生理学的背景から有効性が期待される治療選択肢の一つと考えられる12-20。
かかりつけ医の観点から
平光 伸也 先生
・ANP,BNPと心不全, ARNIの関係について、かかりつけ医の観点から概説
・以下、講演内容を踏まえ筆者がまとめた内容
ANP/BNP(ナトリウム利尿ペプチド)は「体内の塩(Na)と水を捨て、血管を拡げ、RAAS・交感神経を抑える」ことで血圧と心負荷を下げる心臓由来ホルモンである。塩分摂取が多いほど本来はNa排泄を増やす必要があり、その局面でANPが上がることは生理学的に合理的だが、臨床では高塩分環境でRAAS抑制薬の降圧が鈍りやすい(=塩分感受性)という問題がある。これに対しARNI(サクビトリル/バルサルタン)はネプリライシン阻害によりANPを増加させつつ、ARB作用でRAASも抑える二重介入で、塩分感受性高血圧に出来る可能性がある。その臨床的裏づけとして、前向き研究(DOI:10.2169/internalmedicine.5897-25)では、尿検査から推定した高塩分摂取群でもARNIで血圧が有意に低下しさらにANPが両群で上昇し高塩分群でより大きく増加している。加えて追跡期間中に尿推定の「日常塩分摂取量」が両群で増え、高塩分群ほど増加幅が大きい(塩分が多い症例ほど塩分摂取が増える)ことも示されており、現実の食塩環境下でもANP増加を伴うARNIが降圧し得る。さらに血圧の日内変動(non-dipperなど)は塩分・体液量と関連し、夜間高血圧は心血管リスクを押し上げるが、ARNIは24時間血圧(特に夜間血圧)にも作用し得ることが、日本人高血圧患者データの解析でも論じられている(non-dipper改善の可能性)一方で「高血圧→心肥大→心不全」という連続性の中で、ANP/BNPは単なるマーカーではなく心臓を守る内因性ブレーキという面がある。NP系の不足や機能低下が高血圧・心肥大・代謝異常・心不全につながる、という整理は総説レベルで強く支持されており、実験的にはBNP欠損で高血圧と臓器障害が進むこと、BNPを長期発現させると高血圧性心疾患の進展が抑えられることなど、予防的に働きうる方向のエビデンスがある。 したがって、Stage B(症状はないが構造的心疾患:高血圧性心肥大など)の段階で「血圧・体液量・日内変動」を整えつつ、NP系を賦活するARNIが病態進行を抑えるのではという仮説が成り立つ。ただし現時点でStage B高血圧患者に対して「ARNIが心不全発症を予防する」と断言できるRCTは限定的で、現実的には①塩分感受性/体液量依存の降圧(高塩分でも効きうる)、②夜間血圧・24時間血圧の是正、③心肥大・腎循環/Na排泄に関わる機序、という中間表現型の改善を根拠に、予防効果を検証すべき臨床課題として提示するのが安全で説得力がある21-29。
聴講録まとめ:CVD予防を見据えた高血圧治療とエンレストの位置づけ
・本講演では、高血圧治療の最終目標が単なる血圧値の改善ではなく、心血管イベント(CVD)をいかに減らすかにあることが改めて強調された。JSH2025ではエビデンスの蓄積により降圧目標は原則130/80mmHg未満へ統一され、より厳格な管理が求められている。一方で治療評価においては診察室血圧のみでは不十分であり、家庭血圧が予後規定の中心指標であることが多数の研究から示されている。家庭血圧は平均値のみならず日間変動も独立した予後因子であり、変動が大きいほど心血管イベントリスクは上昇する。また仮面高血圧の検出やリスク層別化にも不可欠であり、診療の主軸として位置付ける必要がある。さらに家庭収縮期血圧は120–129mmHg付近で最も低リスクとなり、110mmHg未満では死亡リスクが増加するJカーブも確認されており、「低ければ低いほどよい」という単純な発想ではなく、適切なコントロール域の維持が重要である。
・脳卒中領域からは、日本の脳出血の実態として若年者では未治療高血圧が主因である一方、高齢者では治療中でもコントロール不十分例が多いことが示され、高血圧の早期診断と継続管理の重要性が再確認された。また抗血栓療法患者では脳内出血の重症化リスクが高く、血圧管理が極めて重要な安全対策となる。さらにSTEP試験により高齢者でもSBP130未満を目指す厳格降圧が心血管イベント抑制に有効であることが示され、適切な降圧の重要性はより明確になった。
・腎臓内科の視点では、塩分感受性高血圧の本質が腎臓のナトリウム排泄能力低下にあり、圧利尿機構が長期血圧を決定するというGuyton理論が再確認された。圧利尿の鍵は腎髄質血流にあり、髄質血流が増加するとナトリウム排泄が増え血圧が低下する。この機序を考えると、単なる血管拡張ではなく腎循環とNa排泄を改善する治療が理論的に重要となる。
・ここで注目されるのがARNI(エンレスト)である。ARNIはARBによるRAAS抑制に加え、ネプリライシン阻害によりANPなどナトリウム利尿ペプチドを増加させることで、Na排泄促進・血管拡張・交感神経抑制を同時に実現する。臨床研究では高塩分摂取患者でも血圧低下とANP増加が認められており、塩分感受性高血圧に対しても有効である可能性が示唆されている。またARNIは24時間血圧、特に夜間血圧にも作用し、non-dipperを改善し得ることが報告されている。これは夜間のNa排泄リズムの正常化や体液量調整に関与している可能性がある。
・さらに高血圧→左室肥大→心不全という病態進展の中で、ANP・BNPは単なるマーカーではなく心負荷を軽減し病態進展を抑える内因性防御系として働くことが知られている。実験的にはBNP欠損で高血圧や臓器障害が進行し、逆にNP系の増強で高血圧性心疾患進展が抑制されることが示されている。したがって、症候性心不全に至る前のStage B(高血圧性心肥大など構造的心疾患段階)において、血圧・体液量・日内変動を適切に制御しつつNP系を賦活するARNIは、理論的に心不全発症を抑制し得る治療として位置づけられる。ただし現時点ではStage B患者に対する一次予防効果を直接証明する決定的RCTは限られており、現実的には①塩分感受性に依存しにくい降圧作用、②夜間血圧・24時間血圧改善、③腎循環・Na排泄促進、④心肥大進展抑制という中間アウトカム改善を根拠に、その有用性を評価することが重要である。
・以上より、本講演は高血圧治療を「数値を下げる治療」から「CVD・心不全を予防する治療」へ再定義する内容であり、その中でARNIは単なる降圧薬の一つではなく、RAAS抑制とNP系賦活を組み合わせた病態修飾型治療として、特に塩分感受性高血圧や将来的な心不全リスクを有する患者において重要な選択肢となる可能性が示された。
引用文献
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