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【講演会演者】明日からできる!プライマリ・ケア医のためのスパイロ実践~COPDを診断し適切な治療に繋げよう~

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2025年5月20に行われましたCOPD(慢性閉塞性肺疾患)に関する講演会に演者として参加致しました。以下、講演録となります。ご興味がある方はごらんください。

COPDはどんな病気か:現状と国の取り組み

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、日本ではまだ一般的な認知度が高くないものの、実は多くの方がかかっている重大な疾患である。2022年にはCOPDによる死亡者数が16,676人にのぼり、同年の気管支喘息死亡者数1,004人の約16.6倍にも達した(1)。これはCOPDが喘息に比べてはるかに多くの命を奪っていることを示している。COPDは喫煙や大気汚染など長年の肺へのダメージで徐々に悪化する病気であり、息切れや咳、痰などの症状がゆっくり進行する。初期には風邪と紛らわしい症状のため見逃されやすく、日本でも患者数の割に診断率が低い状況である。
日本におけるCOPDと気管支喘息の死亡者数の推移:COPDは喘息と比較しても死亡者数が非常に多いことが分かるこうした現状を受けて、日本では国を挙げてCOPD対策が進められている。厚生労働省が推進する国民健康づくり運動プラン「健康日本21」では、COPDが対策すべき主要疾患の一つとして位置づけられている。

「健康日本21」~COPDの死亡率低減に向けて 

一見聞き馴染みがあるが詳細は知られていないかもしれない。これは国民の健康増進を総合的に推進するため、厚生労働大臣が定め都道府県や市区町村が具体的計画を策定する国策プロジェクトである。2000年に開始され、現在は令和5年(2023年)から第三次計画がスタートしている。第二次計画(2013年~)でCOPDはがん・心臓病・糖尿病と並ぶ重要な生活習慣病とされ、「COPDの認知度向上」が目標に掲げられてきた。認知度を上げることで早期発見と治療介入につなげ、ひいては健康寿命の延伸や死亡数減少に寄与しようという狙いである。令和5年5月、「健康日本21(第三次)」を推進する基本方針が公表され、新たにCOPD死亡率の低減目標が示された。具体的には、COPDによる人口10万あたり死亡者数を令和3年時点の13.3人から、令和14年(2032年)には10.0人まで減少させるという数値目標である(2)。

健康日本21(第三次)における生活習慣病(NCDs)の発症予防・重症化予防に関する目標とはこの目標達成のため、従来の認知度向上に加え、以下のような総合的な対策が必要と提言されている

  • 発症予防: 喫煙対策などによりCOPDそのものの発症を防ぐこと

  • 早期発見・治療介入: 症状に気づいて早めに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けること

  • 重症化予防: 適切な治療継続や増悪(後述)の予防によって病気の進行を食い止めること

さらに、COPD患者の生活支援として「適切な食生活や栄養状態の維持」も重要とされている。実際、COPDが進行すると痩せて体力が落ちる傾向があり、十分な栄養を取ることが病状安定に役立つからである。こうした国の目標を受け、日本呼吸器学会も「COPD死亡率減少プロジェクト」を立ち上げている。それが「Project for COPD MOrtality REduction By 2032」、通称「木洩れ日(こもれび)2032」である。まるで木漏れ日のようにCOPD対策に光を当てようという願いが込められている。このプロジェクトでは、早期受診の促進、診断率の向上と適切な治療介入といった実行モデルを提唱し、自治体や医療機関、医師会など多職種・多機関連携で潜在患者の発掘や啓発に取り組むことが計画されている(2)。要するに、「医療者も患者さんもCOPDを正しく理解し、みんなで早期発見・治療につなげよう」という全国的な取り組みが進んでいるのである。

COPD死亡率減少に向けた実行モデル

COPDを適切に診断しよう:スクリーニング問診票とスパイロメトリー実践

COPD対策でもっとも重要なのは、患者さんを見逃さずに早期診断することである。COPDはゆっくり進行するため、症状が出ても「年のせい」「運動不足」と思われて受診が遅れることが多い。しかし早期発見できれば、適切な生活改善や薬物治療で進行を遅らせることが可能である。そこで医療現場では、COPDの疑いがある人を効率良く見つけ出す工夫が行われている。

COPDの有病率とハイリスク層

まず、どんな人にCOPDが多いのか知っておく必要がある。日本国内の疫学研究によると、40歳以上で約8.6%の人がCOPDに該当するというデータがある(3)。これは約12人に1人の割合であり、決して珍しい病気ではない。有病率は年齢とともに上昇し、50代で約5~6%、60代で約16%、70代以上では約24%もの人が肺機能検査でCOPDの所見(気流閉塞)を示したとの報告もある(3)。特に喫煙歴のある高齢者の男性に患者が多い傾向があり、「60歳以上で長年タバコを吸ってきた人」はCOPDハイリスク層である。

本邦のコホート研究における気流閉塞有症率

実際、日本各地で行われた複数のコホート研究(Nagahama研究、Hisayama研究、Fujiwara-kyo研究 など)でも、喫煙者を中心に同様のCOPD有病率が報告されている。つまり、「年配の元喫煙者や現喫煙者」にはCOPDの潜在患者が相当数存在するわけである。この事実は日本の診断率の低さを物語っており、症状がなくても健診などで肺の健康度をチェックする重要性を示している。実際、日本人全体で見ると喫煙者の15~20%が最終的にCOPDを発症すると推定されている。喫煙者すべてがなるわけではないが、5人に1人程度がCOPDになる計算である。一方、喫煙経験のない人からCOPDになるケースは非常に少ない。したがって「タバコを長く吸っている人」は症状がなくても要注意である。

各年代ごとの気流閉塞率:多くは60以上の男性にみられる

簡易問診票(COPD-PS)によるスクリーニング

COPDの疑いがある患者さんを見つける方法として、問診票によるスクリーニングが有効である。米国で開発されたCOPD-PS(COPD Population Screener)という5つの質問からなる簡易問診票が知られており、日本でも活用されている。5つの質問に「はい・いいえ」で答えるだけでCOPDの可能性を評価でき、合計点数が4点以上でCOPDの可能性が高いとされる(8)。この問診は短時間でできるため、健診会場など多数の人に対する集団スクリーニングにも有用である。普段から喫煙歴が長い方や息切れが気になる方には、このような問診票で一度リスクチェックをすることが勧められる。実際の質問項目は、「年齢40歳以上か」「長年にわたり咳・痰が出るか」「階段を上がると息切れするか」「喫煙の習慣があるか」「気道に問題を抱えているか」のような内容である。この質問票でポイントが高い場合には、次のステップとしてスパイロメトリー検査(肺機能検査)を受けることが推奨される。

COPD-PS問診票

喫煙歴(Pack-Year)とCOPD発症リスク

問診の中でも特に重要なのが喫煙歴である。喫煙年数と1日の本数から算出する「パックイヤー(Pack-Year)」という指標があり、COPDリスクの目安になる。例えば「20 Pack-Year」(1日1箱20本を20年間吸った相当量)の喫煙者では約19%がCOPDを発症する一方、「60 Pack-Year」(1日1.5箱30本を40年間=60 pack-year)のヘビースモーカーでは約70%もの高率でCOPDを発症したという報告がある(5)。つまり喫煙量が多いほどCOPDになる確率が飛躍的に高まるのである。累計のタバコ消費量が20 Pack-Yearを超えるような方は、症状がなくても一度肺の検査を受けてみる価値があるだろう。

喫煙歴とCOPD発症率の関係

スパイロメトリー(肺機能検査)によるCOPD診断

スクリーニング問診や症状からCOPDが疑われる場合、確定診断のためにはスパイロメトリー検査が必要である。スパイロメトリーとは、簡単に言うと息を思い切り吐く肺機能の検査である。器具のマウスピースをくわえて「大きく息を吸って一気に吐いてください」と呼吸してもらい、吐ける息の量や勢い(空気の流速)を測定する。COPDでは気道が狭くなっているため、息を吐くスピードが低下する(気流閉塞)という特徴が数値で現れる。

COPDの診断基準:肺機能検査が必須となっている

COPDの診断基準

COPDの診断基準は国際的にも統一されており、スパイロメトリーで気流閉塞が確認されることが必要条件である(3)。具体的には、息を最大限に吐き出した最初の1秒間の量(1秒量, FEV₁)を全力で吐ける肺活量(努力性肺活量, FVC)で割った値、FEV₁/FVC比が0.70未満(70%未満)であることがCOPDの診断には求められる(3)。この値は、吸入用の気管支拡張薬(気管支を広げる薬)を使用した後でも改善せず0.70未満のままかどうかを確認する。吸入薬で気道が広がっても正常値に戻らない持続的な閉塞があることが、喘息など他の病気ではなくCOPDである証拠となるのだ(3)。ただし検査のタイミングにも注意が必要である。COPDが疑われる患者さんにスパイロメトリーを行うのは、症状が安定している時期が望ましい。風邪をひいて咳がひどいときや、増悪(急な悪化)直後は一時的に肺機能が低下して正確に測れないことがある。また、既に吸入治療(気管支拡張薬など)を始めている場合は、その薬を使用した後で検査すると真の肺機能を評価しやすい。日本呼吸器学会のガイドライン2022でも「COPDを疑ったら症状が落ち着いた段階でスパイロメトリーを」と推奨している。このように正しい条件で検査を行うことで、見逃れのない診断につながる。

COPDと喘息の違い:肺機能の変化

スパイロメトリーの結果から分かるCOPDと喘息の違いについても触れておく。よく似た症状を呈するこれら二つの病気だが、肺機能の変動パターンが異なる。

  • 非喫煙者(健康な人)の肺機能は年齢とともにゆるやかに低下するが、80歳近くまで概ね良好な値を維持する。

  • 喫煙者でCOPDになる人は、若い頃から肺機能の低下ペースが速く、50~60代で健常人よりかなり低いFEV₁となる。COPDでは一度低下した肺機能は吸入薬で治療を開始しても完全には元に戻らない。そのまま放置すると徐々に悪化していく。

  • 喘息患者の場合、発作時には一時的に肺機能が落ちるものの、適切な治療で発作が収まれば肺機能はほぼ正常近くに回復する。つまり喘息は気道の一過性の狭窄で、間欠的な症状が特徴である。一方COPDは持続的な気道狭窄があるため、治療後でもFEV₁/FVCが70%未満という状態が続く。

気流閉塞:喘息とCOPDの違いとは

また、COPDでは増悪(急激な悪化)を繰り返すごとに肺機能が階段状に落ち込んでいくことが知られている。これに対し喘息では発作後に肺機能は回復するため、長期的な下降トレンドはCOPDほど顕著ではない。要するに、COPDは慢性的な肺機能低下を伴う病気であり、喘息とは経過が異なるのである。この違いを理解することで、診断や治療方針の判断がしやすくなる。

COPD増悪回数が多いほど肺機能が低下する

スパイロメトリー検査は簡便で安全

「肺機能の検査」と聞くと難しそうだが、スパイロメトリーは短時間で終わるシンプルな検査である。講演では、クリニックでスパイロメータ(肺機能計測器)を導入する際の実際的な情報も紹介した。日本の保険診療ではスパイロメトリーを行うと検査料として計330点(3300円)が算定される。検査用の使い捨てフィルター代が1回あたり200~250円程度かかるものの、機器の減価償却等を考えても十分に採算がとれる検査であると説明した。時間もわずか約8分ほどで済み、内訳は「準備に2分+肺活量測定に3分+フローボリューム測定に3分」という流れである。肺活量測定はゆっくり息を吐ききる検査、フローボリューム測定は一気に吐く検査だが、それぞれ複数回実施してベストの値を確認する。当院(葛西よこやま内科・呼吸器内科クリニック)でも看護師が中心となってこの検査を実施しており、約10分弱で終了する。患者さんへの負担も少なく、痛みもない安全な検査である。現在、市販されているスパイロメータは様々なメーカーのものがあり、価格は60~70万円程度である。クリニックでも導入可能な範囲の医療機器であり、COPDの早期発見には有用だ。もちろん、感染症対策も万全に行っている。スパイロメータには専用のディスポーザブルフィルターを装着し、患者さんごとに新品に交換している。このフィルターは細菌ろ過効率(BFE)99.9%以上、ウイルスろ過効率(VFE)99.9%以上という性能を持ち、飛沫やエアロゾルによる感染リスクを極力抑えている。使い捨てのマウスピース一体型フィルターを用いることで、検査毎に清潔な環境を保つよう努めている。そのため、新型コロナウイルスなど感染症流行下でも安心して検査を受けていただける。以上のように、スパイロメトリーはクリニックでも導入しやすく、患者さんにとっても手軽な検査である。COPDが疑われる方は、是非専門医療機関でこの検査を受けてみてほしい。早期発見により、その後の生活の質を大きく改善できる可能性がある。

スパイロメーターの保険点数、差益、測定時間についてスパイロの感染リスク管理

COPDの増悪とは何か?

ここまでCOPDの普段の症状や診断について述べてきたが、COPDにはしばしば「増悪(ぞうあく)」と呼ばれる状態が起こる。増悪とは平たく言えば「COPDの急激な悪化」のことである。具体的には、息切れの著明な増加、咳や痰の急な増加、胸の不快感やゼーゼーといった喘鳴の悪化などが生じ、普段の薬では対処できず治療の変更や追加が必要になる状態を指す。日本呼吸器学会のガイドライン(第6版)では、COPDの増悪を「安定期に比べて呼吸器症状が明らかに増悪し、治療変更を必要とする状態」と定義している(3)。つまり患者さん自身が「最近いつもよりぐっと息苦しい、咳が止まらない」と感じ、医療側もステロイド薬や抗生物質の投与、場合によっては入院加療が必要と判断するようなケースが増悪である。増悪の多くは風邪やインフルエンザなどの感染症が引き金となる。たとえば「軽い感冒をきっかけに咳や痰、息切れが悪化し、いつもの吸入薬だけでは収まらなくなった」という具合だ。重症の増悪では強い呼吸困難から救急搬送・入院に至ることもある。実際、COPD患者さんが「肺炎」と診断され入院した場合、その背景にはCOPDの増悪が隠れていることも少なくない。咳や痰がひどくなって抗菌薬を処方されたケースでも、見過ごされたCOPD増悪であった可能性があるわけだ。高齢者で喫煙歴がある方が「最近風邪を引いてから調子が悪い」と言う場合、肺炎だけでなくCOPD増悪も念頭に置いて診療することが重要である。増悪かどうかの判断基準としては、「日常の安定状態に比べて明らかに症状が悪いか」がポイントになる。息苦しさが普段の倍以上になった、痰の量や色が変わった、発熱を伴っている等、患者さん自身の訴えと所見の変化から増悪と診断する。増悪が疑われる場合は早めに医療機関を受診し、必要に応じて内服薬(ステロイド)や抗菌薬の追加、在宅酸素の導入など適切な対応を取る必要がある。COPD増悪の定義とイメージ

COPD増悪が及ぼす影響:寿命への悪影響と増悪予防の重要性

COPDの増悪は一時的な悪化にとどまらず、患者さんの生命予後(寿命)にも大きな悪影響を及ぼすことが知られている。例えば増悪による入院歴がないCOPD患者に比べ、増悪で入院を繰り返した患者では生存率が有意に低下していた(11)。増悪なし群と比べ、年1~2回増悪する群、年3回以上増悪する群の順に5年生存率がどんどん低くなるという結果である。このように、頻繁に増悪を起こすCOPD患者さんは命を縮めてしまう可能性が高いとされる。

COPD増悪回数が多いほど生存率が低下する

さらに、一度の重症増悪自体が予後不良につながるというデータもある。ある報告では、COPD増悪で入院した患者の入院中死亡率は約8%にのぼり、退院できても1年以内に23%が死亡したとされる(10)。また別の研究では、重篤な増悪(入院や人工呼吸管理を要するような増悪)を経験したCOPD患者の5年生存率は約30%と報告されている(11)。5年生存率30%というのはステージIVの肺がんにも匹敵する深刻な数字であり、COPD増悪がいかに患者さんの命に関わる重大事かが分かる。増悪を繰り返すうちに患者さんの肺機能はがくんと落ち、日常生活もままならなくなり、ついには命を落としかねないのである。以上のことから、「COPD増悪を予防することが非常に重要である」。増悪さえ防げればCOPD患者さんは安定した日常を送りやすく、寿命も延ばせる可能性がある。逆に言えば、どんなに現在元気に見えるCOPD患者さんでも、一度の増悪で状況が一変しうる。医療者にとっても患者さんにとっても、増悪の怖さを知り、それを避ける努力をすることが肝要である。

COPD増悪は、さまざまな悪影響があるため、増悪予防は重要である

COPD増悪後の治療:再発予防のための治療強化

では、COPDの増悪を経験した患者さんにはその後どのような治療が必要だろうか。増悪から無事回復したとしても、「はいおしまい」ではなく次の増悪を如何に防ぐかが課題となる。具体的には、薬物療法の見直しや強化が検討される。COPD治療の基本は気管支を拡げる吸入薬であるが、増悪を繰り返す場合には吸入ステロイド薬(ICS)を含めた治療が有効となるケースがある。ICSは気道の炎症を抑える薬で、喘息では第一選択となるが、COPDでは患者さんによって効果が異なるため慎重に使われる。しかし近年の知見から、ある条件下ではCOPDでもICS追加が有益であることが分かってきた。講演ではICS(吸入ステロイド)導入を検討すべき条件を示した。ポイントは好酸球数と増悪頻度である。

具体的には:

  • 過去1年に中等度の増悪が1回以上あり、血中好酸球数が100以上の場合は、吸入ステロイド(ICS)の追加を「考慮してよい」

  • 血中好酸球数が100未満と低い場合や、過去に肺炎を繰り返したケースでは、ICS使用は「推奨されない(控える)」

要するに、炎症細胞である好酸球がある程度多いCOPD患者さんで増悪を起こした場合はICSが奏効しやすい。一方、好酸球が少ないタイプのCOPD(いわゆる非好酸球性COPD)ではICSを使っても効果が乏しく、むしろ肺炎など副作用リスクの方が大きいので避けるという考え方である。この指針は、国際的なCOPD診療ガイドラインであるGOLDでも提唱されている戦略で(12)(13)、日本のガイドライン2022年版でも概ね同様の方針が述べられている(3)。実際、ICSをCOPD患者に使う最大の懸念は肺炎発症リスクの上昇であり、慎重な適応判断が重要だ。そのため「血液中の好酸球数」という客観的指標が判断材料として用いられる。では、ICS(ステロイド)を追加した三剤吸入療法(ICS + LABA + LAMA)はどの程度効果があるのか? 講演ではこの点に関し、ETHOS試験という大規模臨床試験の結果を紹介する。ETHOS試験は、過去1年間に1回以上増悪歴がある中等度~重度COPD患者8,500余名を対象に、3剤(ICS/LABA/LAMA)吸入療法と2剤(LABA/LAMAあるいはICS/LABA)療法を比較したものである(17)。結果は、ICSを含む3剤療法群で増悪率が有意に低下し、特にステロイド高用量の3剤はLAMA/LABAの2剤に比べ年間増悪率を明確に減らした。また全死亡率も3剤群で低下する傾向が報告されている(17)。この試験は製薬企業(アストラゼネカ社)の支援で行われたものではあるが、重症COPD患者ではICSを加えた治療が増悪予防に有用であるエビデンスとして注目された。

もっとも、ETHOS試験でも副作用として肺炎の発生率がICS使用群で高かったことが報告されており(17)、やはりリスクとベネフィットの見極めが大切だ。講演では「増悪を起こすCOPD患者さんに対して、ICS/LABA/LAMAの三剤併用療法を使う場合は、好酸球数などを参考に慎重に判断するべき」とした。すなわち、「増悪を繰り返すタイプのCOPDにはICSを含めた治療強化を検討する。ただし漫然とは使わず、適切な患者を選ぶ」というバランスが重要である。

COPD増悪は心血管病リスクにもなる

COPDの増悪が怖いのは肺や寿命に対する影響だけではない。実は心臓や血管にも悪影響を与えることが明らかになっている。COPDと心血管疾患(高血圧、冠動脈疾患、心不全、脳卒中など)はしばしば併存し、お互いの病状に影響を及ぼし合う。中でもCOPD患者が増悪を起こすと、その直後から心血管イベント(心筋梗塞や不整脈、脳卒中など)の発生リスクが上昇することが報告されている。たとえばイギリスの疫学研究では、COPD患者が増悪で入院した後は退院直後から1年間にわたり、心臓発作や脳卒中などの重大な心血管イベント発生率が平常時より高く維持されると報告された(16)。増悪直後がもっともリスクが高く、その後徐々に低下するが約12か月は平時よりリスクが高い状態が続くという。他の研究でも、COPD増悪後は全身の炎症や交感神経亢進などを通じて心不全の悪化や不整脈の誘発、血栓症による心筋梗塞・脳梗塞の誘因となりうることが示唆されている(12)(13)(14)(15)。つまりCOPDの増悪は肺だけでなく全身状態を悪化させ、特に心臓や脳血管のイベントを引き起こす危険因子になると考えられる。ECACOS-CVCOPD増悪後の心血管イベントまたは全死亡のリスク

この関連をさらに裏付ける大規模研究として、カナダ・アルバータ州の約14万人のCOPD患者データを解析した報告がある。この研究(EXACOS-CV試験)では、新たにCOPDと診断された患者14万2787例を対象に、増悪後の心血管イベント発生リスクを検討した(16)。結果、COPDの中等度~重度の増悪を起こした後は、明らかに主要な心血管イベント(心筋梗塞、心不全増悪、不整脈、脳卒中など)または全死亡のリスクが上昇することが示された。リスク上昇は増悪直後にピークを迎え、その後徐々に落ち着くものの、少なくとも90日~1年程度は基礎状態よりリスクが高い状態が続くと分析されている(スライド24)。このような知見から、増悪を起こしたCOPD患者さんでは心臓のケアにも注意を払い、必要に応じて心電図や心臓超音波検査などのチェックをすることが推奨される。なぜCOPD増悪で心血管イベントが増えるのか? 一つには、増悪時の全身性炎症反応や低酸素血症が動脈硬化を不安定化させたり、心臓に負担をかけたりすることが考えられる。また、増悪による活動性低下や血液の凝固亢進で血栓ができやすくなる可能性もある。加えて、COPDと心血管疾患は共通の危険因子(喫煙、加齢など)を持つため、元々血管が脆くなっているところに増悪というストレスが加わることでイベントが誘発されるとも推測される(12)(15)。いずれにせよ、呼吸器医だけでなく循環器医とも連携しながら、COPD患者さんの全身を診ていくことが大切だ。

心血管疾患併存COPD患者におけるCOPD増悪/悪化が及ぼす短期的・長期的な全身への影響

COPD増悪後のアクションプラン:治療継続について患者さんと対話しよう

最後に、COPD患者さんへの継続支援についてである。増悪を経験した患者さんほど、再発予防のための取り組み(アクションプラン)が重要になる。講演では、ある60代男性の患者さんとのやりとりシナリオを通じて、増悪後のフォローアップのポイントが示された。この患者さんは60代後半の男性。高血圧と脂質異常症で通院中で、喫煙歴は30本/日を40年間(60 pack-year)の現喫煙者である。あるとき「数日前に風邪をひいてから、いつもより咳や痰が増えて息苦しい」と訴えて受診した。聴診すると喘鳴(ぜいぜいいう音)もあり、問診でも「喘鳴、咳・痰、息切れ」といったCOPDを疑う症状が揃っている。医師はまずCOPDの可能性を考え、先述のCOPD-PS問診票でスクリーニングしたところ8点と高得点であった。これは基準の4点を大きく超えており、「やはりCOPDの可能性が高い」と判断した。そこで更なる評価としてスパイロメトリー検査を実施したところ、FEV₁/FVCが70%未満で気流閉塞が確認された。つまりこの患者さんはCOPDであると正式に診断された。おそらく今回の「風邪を契機とした症状悪化」はCOPD増悪であったと考えられる。診断後、医師は患者さんに対して治療方針と今後の対策について丁寧に説明した。具体的には次のようなステップである。

  1. 喫煙の中止: まず何より重要なのは禁煙である。患者さんには「COPDの進行を抑えるためにタバコをやめましょう」と助言した。喫煙を続ける限り薬の効果も十分発揮できず、また心血管病のリスクも高いことを伝え、禁煙外来の案内やニコチンパッチの提案などサポートを行った。

  2. 吸入治療の開始・継続: 次に、長時間作用型の気管支拡張薬(LABAやLAMA)を中心とした吸入療法を開始した。患者さんには吸入器の使い方を実演し、「毎日欠かさず吸入することが大事です」と伝えた。今回のように増悪したケースでは、必要に応じて吸入ステロイド薬(ICS)も加えた3剤併用の吸入薬を処方することも検討する。医師は「薬で症状を安定させ、次の発作を防ぎましょう」と説明した。

  3. 増悪時の対処方法を指導: 患者さんには「アクションプラン」として、もしまた咳や息苦しさがひどくなってきたときにどうするかを教えた。具体的には「風邪をひいたら早めに受診する」「痰の色が変わったり息苦しさが増したらすぐ病院に連絡を」といった対応策である。ステロイドの内服薬や抗生物質の予備処方があればその使い方も指導した。こうした自己管理のポイントを共有し、患者さん自身が増悪を察知して迅速に対処できるようにした。

  4. 合併症への目配り: この患者さんは高血圧など心血管リスクも抱えているため、主治医は循環器的なチェック(心電図や血圧管理)も行った。特に増悪後しばらくは心臓発作のリスクも高まる可能性があるため、「胸の痛みや動悸があればすぐ教えてください」と指示した。必要に応じ循環器内科とも連携して診療する方針を説明した。

  5. 定期受診とリハビリ: 最後に、定期的な受診の大切さを強調した。調子が良くても自己判断で薬をやめないこと、少なくとも数カ月ごとに肺機能のチェックや生活指導を受けることを約束した。また可能であれば呼吸リハビリテーション(息切れを和らげる運動療法)の紹介も検討した。患者さんには「うまく病気と付き合っていけば日常生活は続けられます。一緒に頑張りましょう」と励ましの言葉をかけた。

以上のような対話を通じて、患者さんは自身の病気と向き合い、治療継続の意欲を高めることができる。COPD増悪後こそ患者さんとのコミュニケーションが重要である。『なぜ治療が必要なのか』『治療を続けるとどう良いのか』を丁寧に説明し、一緒に次の増悪予防策を考える。COPDは完治こそ難しいものの、適切な管理で症状をコントロールしながら長く付き合える病気である。患者さん自身が主体的に病気に向き合えるよう、医療側は情報提供とサポートを惜しまないことが大切だ。


増悪の予防、早期診断の徹底、患者さんとの二人三脚の治療継続――これらが揃って初めて、COPDによる死亡率低減という大きな目標が達成できる。今回の講演内容は専門医向けであったが、そのエッセンスは一般の方にもぜひ知っておいていただきたい重要事項である。息切れや慢性的な咳・痰に心当たりのある方は、どうか放置せず医療機関でご相談いただきたい。当院でもCOPDの早期発見・治療に力を入れており、スパイロメトリー検査を含めた診断と、最新エビデンスに基づく治療提案が可能である。呼吸器の専門クリニックとして、皆様の健康寿命延伸に少しでも貢献できれば幸いである。


参考文献(References)

  1. 厚生労働省. 令和4年(2022年)人口動態統計(確定数)の概況: 死因別死亡数・死亡率(人口10万対)【統計表第7表】. 2023年9月公表.

  2. 一般社団法人日本呼吸器学会. 「健康日本21(第三次)『COPD死亡率減少』に向けた日本呼吸器学会からの提言」. 日本呼吸器学会ホームページ, 2023年5月31日掲載.

  3. 日本呼吸器学会. COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン 第6版. 2022年. 医学書院.

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  19.  

著者

医療法人社団 ギブネス
葛西よこやま内科・呼吸器内科クリニック院長 横山裕

横山裕

資格
  • 総合内科専門医
  • 呼吸器内科専門医
  • アレルギー専門医

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