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アトピー咳嗽(がいそう)とは
アトピー咳嗽(がいそう)とは、喘鳴や呼吸困難を伴わない、乾いた咳を主症状とする疾患で、日本における慢性咳嗽の主要な原因の一つです(1)(2)。気管支の中枢にアレルギー性(好酸球性)炎症が起こり、気管支壁の表面にある咳に関わる神経が過敏となることで咳が出やすくなると考えられています。夕方~夜にかけての「のどの違和感(咽喉頭異常感)を伴う咳」を特徴とし中年以降の女性に多く、誘因として、軽微な上気道感染後や気温・湿度・気圧の変化、会話・電話などの会話刺激、ストレス、受動喫煙、運動などが報告されています(2)。アトピー咳嗽という疾患名の由来通り、アトピー素因(アレルギーの体質を持つこと)が診断基準に含まれています。このページでは、長引く咳の原因として比較的多くみられるアトピー咳嗽についてまとめてみたいと思います。
(1) Fujimura M, Respirology. 2005;10(2):201-207.
(2)大倉徳幸. アトピー咳嗽/喉頭アレルギー(咳嗽の臨床 特集). 日本内科学会雑誌. 2020;109(10):2137-2141.
アトピー咳嗽の症状
アトピー咳嗽は喉の違和感(イガイガ感やヒリヒリ感)とともに、痰が出ない乾いた咳(乾性咳嗽)が長引くことが特徴です。咳が出る時間帯として、夕方~夜にかけて悪化することが多いです。また会話中や運動、ストレス(緊張)などにより咳が誘発されます。
アトピー咳嗽の病態
アトピー咳嗽は、気管支の中枢にアレルギー性(好酸球性)炎症が起こり、気管支の壁の表層にある咳受容体の感受性が亢進することにより咳が出やすくなる病気です。一方、咳喘息では気管支の深層にある平滑筋の収縮で起こります。
アトピー咳嗽の疫学
大学病院での長引く咳の報告ではアトピー咳嗽の割合は2.6%(1)と報告されています。一方、日本の多施設研究では慢性咳嗽患者の約3割がアトピー咳嗽と診断されており、咳喘息(CVA)や副鼻腔気管支症候群(SBS)と並んで頻度の高い疾患との報告もあります(2)。
(1)Kanemitsu Y,Allergol Int. 2019 Oct;68(4):478-485.
(2)Fujimura M, Respirology. 2005 Mar;10(2):201-7.
アトピー咳嗽の診断
アトピー咳嗽の診断基準ですが「喘息や咳喘息を否定していること」「アトピー素因*を有すること」「抗ヒスタミン薬が有効であること」を診断基準としています。アトピー咳嗽と咳喘息は鑑別が紛らわしい疾患ですが、異なる点は「気管支拡張薬が有効かどうか」です。気管支拡張薬は気道平滑筋の緊張を和らげることで気管支を広げる薬です。一方アトピー咳嗽は気道壁表層の咳受容体の感受性亢進が原因で起こり、深層にある気道平滑筋は無関係です。従って、気管支拡張薬が無効となります。
*アトピー素因:アレルギー反応を起こしやすい体質、またはその体質を有する人を指します。アトピー性皮膚炎、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎などのアレルギー疾患を発症する素因のこと。
アトピー咳嗽の検査
胸部X線検査で肺炎を除外し、呼吸機能検査や呼気NO検査で咳喘息や喘息の除外を行います。またアレルギー検査でアトピー素因を確認することも大切です。
アトピー咳嗽の治療
治療は抗ヒスタミン薬を用いて行います。有効率は60%程度と言われています。アレルギー性鼻炎を伴うことも多く、鼻閉症状が強ければ点鼻ステロイドやロイコトリエン受容体拮抗薬を適宜追加します。アトピー咳嗽の提唱者である藤村らは、アトピー咳嗽の治療を①軽症②中等症③重症の3つに分類し、①抗ヒスタミンのみ②抗ヒスタミン+吸入ステロイド吸入+カルボシステイン内服③抗ヒスタミン+吸入ステロイド+カルボシステイン内服+経口ステロイド内服とする方法を報告しています(2)。
(注:吸入ステロイドとカルボシステインはアトピー咳嗽に対する保険適応はありません。)
参考:
(2)アトピー咳嗽と咳喘息の病態と治療:
藤村正樹 日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)131,402~405(2008)
①軽症:塩酸アゼラスチン(アゼプチン®1mg錠)4錠/分2で経口投与
②中等症:塩酸アゼラスチン(アゼプチン®1mg錠)4 錠を分2で経口投与+プロピオン酸フルチカゾン(フルタイド 100 ディスカス®)1回200μg を1日2~ 4 回吸入+カルボシステイン(ムコダイン®500μg 錠)3 錠を分 3 で経口投与
③重症:塩酸アゼラスチン(アゼプチン®1 mg 錠)4 錠を分 2 で経口投与+プロピオン酸フルチカゾン(フルタイド 100 ディスカス®)1 回 200 μg を1日2 ~ 4回吸入+カルボシステイン(ムコダイン®500μg 錠)3錠を分3 で経口投与+プレドニゾロン(プレドニン®5 mg 錠)4 錠を朝 1 回,短期(1~3週間)経口投与
アトピー咳嗽と鑑別が必要な病気
①喉の違和感(咽喉頭異常感)を伴う咳
のどの違和感(咽喉頭異常感)を伴う咳を起こす代表疾患として「アトピー咳嗽」「季節性喉頭アレルギー」「咽喉頭逆流症」があります。これらの疾患はのどの異常感(咽喉頭異常感)や咳払い感が特徴となります。花粉症などのアレルギー歴や胃酸逆流症を疑う問診票(F-scale)などを参考に、これらの疾患が疑われる場合には抗ヒスタミン薬やPPI(プロトンポンプ阻害薬)による診断的治療を行います。
②咳喘息
咳喘息は喘息とは異なり喘鳴(ゼイゼイ、ヒューヒュー)を伴わず、咳が長引く病気です。咳喘息はアレルギー性の炎症により気管支が過敏(気道過敏性の亢進)となること、気管支が少しでも伸び縮みすると咳が出やすくなっていること(咳嗽反応の亢進)が原因と考えられています。喘息と同様に深夜~早朝に悪化することが多く、夜間就寝中に咳や痰がからみのために起きることがありますが、気管支はせまくないため呼吸苦や喘鳴(ゼイゼイ、ヒューヒュー)が起こることはありません。風邪や季節の変わり目(春や秋)、寒暖差、天候の変化(台風など)をきっかけに悪化することが多く、治ったと思っても繰り返すことが病気です。気管支拡張薬が咳に奏功することが診断基準となっています。喘息と同様に吸入薬(吸入ステロイド/気管支拡張薬:ICS/LABA配合剤)による治療を行います。
③逆流性食道炎
逆流性食道炎は、長引く咳の原因として欧米ではGERDが約1/3を占めると言われており、日本でも最近ではGERDによる長引く咳の患者さんが増えているという報告があります。咳は日中主体の咳で食後に悪化する咳が特徴で、就寝前など臥床時や食後に悪化する場合もあります。F-scale問診票で8点以上であればGERDを疑い、7点以下であってものどの違和感(咽喉頭異常感)や咳払いなどがあれば咽喉頭逆流症(LPRD)による咳を疑い耳鼻科での喉頭ファイバーをおすすめします。内視鏡の検査歴があり、GERDと診断される場合はPPI(胃酸を抑える薬)による治療を行い、検査歴がない場合は、PPIによる診断的治療を行い判断します。
まとめ
アトピー咳嗽は、乾いた咳が長期間続く疾患で、喘鳴や呼吸困難がなくても、日常生活に支障をきたすことがあります。特に、夕方から夜にかけて咳が悪化することが多く、会話や運動、ストレスなどが引き金となります。このような咳が続くと、アレルギー性の炎症が原因である可能性が高く、放置すると症状が悪化することもあります。呼吸器内科では、アトピー咳嗽を含むさまざまな呼吸器疾患を正確に診断し、最適な治療を提供できます。咳が長引いている方や、原因が不明な咳が続いている方は、早めに受診することをお勧めします。
参考)
・長引く咳(慢性咳嗽・遷延性咳嗽)
・のどが原因の咳
・咳喘息
・アレルギー検査
参考文献
・Fujimura M, et al.J Asthma 31 : 463―472, 1994.
・Fujimura M, et al.Clin Exp Allergy 30 : 41―47, 2000.
・Fujimura M, et al.Allergol Int 49 : 135―142, 2000.
・Fujimura M, et al.Respirology 13 : 359―364, 2008.
・Ogawa H,et al. Respirology. 2013 Nov;18(8):1278-9
・日本咳嗽学会HP「アトピー咳嗽」